行為

震災当日、休暇をとって家族旅行中だったある記者は、福島県いわき市の「スパリゾートハワイアンズで被災」した。そこで記者が見た「スパリゾートハワイアンズ」スタッフの「プロフェッショナルな姿勢」とは。
そんな記事を読んだ。
その中で、記者はこんな感想を残している。


『絶望の淵にある人を、真に救うのは「情報」でも「言葉」でも、ましてや「法律」や「ルール」などではない。「行為」だ。何をすべきかを論じているだけでは、誰一人救えないのだ。』


まったくその通りだと思う。だから自分は口だけの人を信じない。
大変ですね、言うだけなら簡単だ。
実際に手をさしのべないならむしろ気づいている分始末が悪い。
仕事でもプライベートでも、そんな人間なら大勢いた。
そんな中で実際に自分に手をさしのべ、助けてくれたのが今の友人達だ。


勿論、自分が言うのはこんな命のかかった状況下での話ではない。
自分の感じているのはあくまで日常、でのことだ。
色々な状況の中で自身がそういった経験を通して思う。
逆に自分も、相手が大変だと思い助けたいのなら実際に『手伝う』。
あるいは『代わりに請け負う』。
せめて『親身になってできる限り相談に応える』。つまり共有する。
その覚悟がないなら何も言わない方がいい。


未知の状況で困っている友人がおり、相談してきたとする。
自分だったら、色んな情報を集める。過去の経験を鑑みる。考える。
そのうえで、最良であろう方法を考えて提案してみる。時間がかかろうとも。


仕事が蓄積している。大変ですね。それ、やりましょうか?
落ち込んでるのなら一緒に茶でもしよう。飲みに行こう。
飲んだ帰り、深夜。物騒だからタクシーに乗るまで付き添う。
帰りが遅くなった。バスがないだろうから送りますよ。
皆、自分の友人なんだと勝手に自分は思っている。